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健やかなる時も③ 3

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「すみません、遅くなりまして」

一斉に立ち上がった我々に対して、彼は10度の敬礼をする。
ブルーの 防塵マスク レスピレーター 越しに、綺麗な鼻筋が見え。
くっきりとした二重瞼の下から、黒目がちな瞳が覗いている。
その容貌が、あまりにも優に似ていたので。
僕は一瞬、はっとしたのだが。
それを見透かしたかのように、一佐が口を開いた。

「似てるだろう?わたしも最初、有賀かと思ったんだ」

「ええ」僕は、動揺を隠しつつ右手を差し出す。「穂積だ。宜しく」

「お噂はかねがね」握手を返しつつ、彼は頷いた。「宜しくお願いします」

一通りの挨拶が終わると。
小此木一佐は全員に、着席を促した。

「腕はいいんだが、見かけによらずおっちょこちょいでな」と、隣を見やって。「それだけが心配なんだ」

「各機関にはそれぞれ、ローカル・ルールがありますから。慣れるまでは大変ですよ」

「穂積は、何処へ行っても難なくやってるように見えるけどな」

「そんなことはないです。久し振りに国内の病院に戻ったら、右も左も判りませんでしたし」

「いい勉強になったか?」

「お陰さまで」

「それは良かった」一佐は、彼の肩を抱いて言う。「高坂は、慈恵医大出身でな。鏡視下手術の名手だよ」

「へえ。卒業後は?」

何気なく話を振ると。
彼はにこりともせず、僕を見返してくる。

「引き続き、付属病院本院でレジデントをしてました」

「専門は?」

「肝胆膵外科です」

「なるほど。じゃあ研修期間終了後に、幹部候補生学校へ?」

「ええ」

「中央病院での研修はきついから。大変だっただろう?」

「そうでもありません」

「澤口将補と話はしたかい?」

「直接はないですね。雲の上の方ですから」

一連の冷たい反応に。
僕は思わず、一佐を見たけれど。
彼は、肩を竦めて苦笑するだけだった。

「まあ、詳しい経歴はわたしから話すよ。先に飯を済ませるといい」

「了解しました」

すらりとした長身が、カウンターへ向かうのを見詰めていると。
一佐は僕に耳打ちしてくる。

「悪い奴じゃないんだが。何て言うか、世間知らずでな」

「医者の大半は、マニアか変人ですよ」僕は、一応フォローする。「よくいるタイプです」

「万が一手に負えなかったら、新田かわたしに相談してくれ」

「問題ないですよ。仕事さえきちんとしてくれれば」

「そう言って貰えると助かるけどな」

「それにしても、何処で知り合ったんです?」

「3年前、胸に一発食らって強制送還されただろう?その時の担当医だったんだ」

「なるほど」

「あの頃は可愛かったんだけどな。まさかあんなに頑固な奴だとは」

「一佐、甚だ失礼な質問ではありますが」僕は、彼をちらりと見る。「ひょっとして、顔で選ばれましたか?」

「まさか」彼は、持っていたペットボトルに口をつける。「こう見えて、職務に私情を交えたことはないな」

「本当ですか?」

「ああ」彼は、欠伸を噛み殺す。「言いたくないが。例外は君だけだ」

そんな話をしてる間に、トレーを手にした彼が戻って来たので。
一佐はさりげなく、僕から離れた。
そのタイミングを見計らっていたかのように。
佐々木准尉が、短く声をかけてくる。

「一佐。そろそろ」

「ああ、そうだな」

ミネラル・ウォーターのペットボトルを置くと。
彼は立ち上がりつつ、僕の肩を叩く。

「それじゃ、あとは宜しくな」

「了解しました」

「1週間後に、現地で会おう」

「お疲れさまでした!」

一斉に起立して、見送りを済ませたあと。
僕は内心溜め息をつきながら、再び椅子を引く。
それからあらためて、食事の続きを始めようとしたのだが。
突然、真鍋がこんなことを言う。

「高坂二尉?」

「はい?」

「取らないと、食べられませんよ」

「あっ、そうか。そうだよね!」

慌ててマスクを外す姿が初々しくて、思わず微笑むと。
彼は僕を一瞥して、気まずそうな顔をする。
そういう反応を見る限り、悪い奴ではなさそうだけど。
何だか、大変な3ヶ月になりそうだ。
 
 
 

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